名古屋ドームではありません、ナゴヤドームです。ナゴヤとカタカナ表記するのは前身のナゴヤ球場からの伝統ですね…
まぁ確かに名古屋めしは美味いんですが、どーしても球場内で買うとクオリティの低下は避けられませんし、値段も高い。それが嫌な人は外で買って持ち込めばいいんですが、それを一切認めない球場があります。それがコボスタ宮城。ペットボトルやビン・カンの持ち込みが許されないのはまぁ良いとしても、コボスタではお菓子や弁当の類まで一切持ち込むことができません。ここまでくるとテロ等の対策のためではなく単純に球場内の売店の売り上げ確保のためですからね、これはさすがに見直さなきゃいけないんじゃないでしょうか?
そんなナゴヤドーム、広島にとって鬼門でした。
そんな見合い相手は三次市在住。
三次市というのも他県民には読みづらい地名ですが、梵というのも野球ファンでなければまぁ読めない名前ですわな。逆に言えば「梵」という漢字を「ボン」と読まずに「そよぎ」と読める人間は野球ファンだということです。
三次市というのも他県民には読みづらい地名ですが、梵というのも野球ファンでなければまぁ読めない名前ですわな。逆に言えば「梵」という漢字を「ボン」と読まずに「そよぎ」と読める人間は野球ファンだということです。
さてここからは基町姉さんの昔話。
横浜の優勝、これは1998年のことですな。ちなみにその時の優勝が38年ぶりだったわけですから横浜は1960年に前身の大洋ホエールズで優勝してるわけですが…横浜は球団創設から現在に至る66年間でこの2回しか優勝したことがありません。よくよく考えてみると凄え球団だわ、逆の意味で…
さてここで野球ファッションの好みについて。俺はストッキングを出す派です。長いのも分からなくはないんですよ、あれを履いてると確かに足首防護にはなりますからね。そーゆーのを知らずに「長いのはだらしない」と言う輩が一番ファンとしてだらしないんですよ。
まぁ2011年の横浜が調子良かったのはホント最初だけで、夏前に最下位に滑り落ちたかと思うと最終的には借金39というブッチギリの成績を叩き出します。ヤクルトに関してはずーっと首位を守り続けたものの最後に力尽き2位、クライマックスステージでも中日に敗れるという1年でした。広島に関しては…まぁ後述。
がしかし、2011年の広島はここから急降下していくんです。この年の広島はセパ交流戦で一気に借金を10も作ってしまい、定位置の5位へと転落していったんです。この年はセ・リーグで唯一中日だけがパリーグ球団に対して勝ち越したんですが、結果的に中日がセリーグ制覇していることを考えると交流戦の24試合ってのはやっぱ重要なんですよね…
まあ雨上がりの西武ドームなら起こらなくもない事故ですが、プロ野球の試合が行われる球場にはもっと勾配が急なスタンドがあります。それは大宮球場の外野です。寝転がって観戦するにはベストな傾斜かもしれませんけどね…
これはやはり衝撃を受けましたよ。俺は東北の震災の後復興事業で千葉の方に3週間ほど行ってたんですよ。それで帰ってきて新宿の歌舞伎町が薄暗かったのには正直ショックを受けました。あの節電にどれほどの効果があったのかは知りませんが、やはり灯りが少ないと人の心も曇りがちにはなってしまうんですよね…
いわゆるプレミアムラウンジというやつですが、このシートは年間通して買う他なく、その値段は2席で225万円します(別途2,400円払えばビュッフェ付き)。高いようにも思えますが、年間60数試合ですから1試合当たりの1席のチケット代はおよそ18,000円くらいということになりますかね。ただ東京ドームのシーズンシートにはさらに上があり、1席で180万円というとんでもないシートもあります。まぁブルジョワしか楽しめないスポーツになっちゃったらプロ野球も終わりなんでしょうけどね…
QVCマリンフィールド!
千葉マリンスタジアムのことですが、2011年からネーミングライツで名前が変わっちゃいましたね。このネーミングライツのために通販会社であるQVCが支払ってる費用は10年間で総額27億5000万円。これが費用対効果としてどーなのかは分かりませんが、少なくともこの球場のことを「QVC」と呼ぶ人に俺は出会ったことがありません。ほぼ全員が「千葉マリン」と呼んでますよね。その意味ではネーミングライツ失敗なのでは?
そしてオールスターではどこのファンも関係ありません。
セリーグの球団のファンだからオールスターでは当然全セを応援する、俺はこういう感覚にはなりません。なぜかというとそこに巨人がいるからです。たとえオールスターであろうが巨人の選手の活躍を願うことは俺にはできぬ。だからと言って全パの応援に回るというわけでもないんですけどね、オールスターはお祭りですから楽しい試合が見れればそれでいいんです。普段絶対に見れない内野陣の連携とかベンチワークとか、楽しめる要素はいくらでもありますからね…
セリーグの球団のファンだからオールスターでは当然全セを応援する、俺はこういう感覚にはなりません。なぜかというとそこに巨人がいるからです。たとえオールスターであろうが巨人の選手の活躍を願うことは俺にはできぬ。だからと言って全パの応援に回るというわけでもないんですけどね、オールスターはお祭りですから楽しい試合が見れればそれでいいんです。普段絶対に見れない内野陣の連携とかベンチワークとか、楽しめる要素はいくらでもありますからね…
そして2011年のオールスター第3戦は急遽ここで行われることになったんです。
プロ野球ファンもそうでない人も、最も馴染みがない球場ではないでしょうか。改修されて間もないことも理由の一つですが、最大の理由は『コロコロ名前を変えすぎ』これに尽きます。元々の名前は「宮城球場」だったんですよ、これが2005年の楽天加盟時には「フルキャストスタジアム宮城」になり、2008年には「クリネックススタジアム宮城」へと変わり、そして2014年からは「楽天Koboスタジアム宮城」へと変わってるんです。ネーミングライツは球団経営にとって有益な選択なのかもしれませんが、我々ファンは球団だけでなく本拠地球場にも愛着を持ってるもんですからね、あんまりやりすぎるとファンからの反感をかいますよ…
この気持ちはよく分かる。俺も神戸の震災を経験しました、生き埋めになって死んだ学校の同級生もいます、でも俺は無事だった。そんな俺が笑って過ごしてていいのかという葛藤はそりゃありました。被災した人はもちろん辛い、でも被災しなかった人間も辛いんですよ…
東北の震災の後、各方面からコメントが出てきましたが全くもって他人事でしたわな。政治家や芸能人が哀悼の意を表したところで何も感じませんでしたからね、避難所生活を続けてた人からすればなおさらでしょう。そんな中、楽天の嶋のスピーチだけは次元が違いました。ちょっとそのスピーチの全文を掲載してみます。
札幌ドーム慈善試合前のスピーチ
「あの大災害、本当にあったことなのか…いまでも信じられません。僕たちの本拠地であり、住んでいる仙台、東北が、今回の地震、津波によって大きな被害を受けました。
「あの大災害、本当にあったことなのか…いまでも信じられません。僕たちの本拠地であり、住んでいる仙台、東北が、今回の地震、津波によって大きな被害を受けました。
地震が起きたとき、僕らは兵庫で試合をしていました。家がある仙台にはもう1カ月も帰れず、横浜、名古屋、神戸、博多、そしてこの札幌など全国各地を転々としています。
先日、私たちが神戸で募金活動をしたときに「前は私たちが助けられたから今度は私たちが助ける」と声をかけてくださった方がいました。今、日本中が東北をはじめとして震災にあわれた方を応援し、みんなで支え合おうとしています。
地震が起きてから眠れない夜を過ごしましたが、選手みんなで「自分たちに何ができるか?」「自分たちは何をすべきか?」を議論し考え抜きました。
今、スポーツの域を超えた野球の真価が問われています。
見せましょう、野球の底力を。
見せましょう、野球選手の底力を。
見せましょう。野球ファンの底力を。
共に頑張ろう、東北!
支え合おう、ニッポン!」
さらにKスタ宮城開幕戦後のスピーチ
「本日はこのような状況の中、Kスタ宮城に足を運んでいただき、またテレビ、ラジオを通じてご覧いただき、誠にありがとうございます。この球場に来る事が簡単ではなかった方、ここに来たくても来られなかった方も大勢いらっしゃったかと思います。
地震が起こった時、僕たちは兵庫県にいました。遠方の地から家族ともなかなか連絡が取れず、不安な気持ちを抱きながら全国各地を転戦していました。報道を通じて被害状況が明らかになっていくにつれて、僕たちもどんどん暗くなっていきました。その時の事を考えると、今日ここKスタ宮城で試合を開催できた事が信じられません。
先日、私たちが神戸で募金活動をしたときに「前は私たちが助けられたから今度は私たちが助ける」と声をかけてくださった方がいました。今、日本中が東北をはじめとして震災にあわれた方を応援し、みんなで支え合おうとしています。
地震が起きてから眠れない夜を過ごしましたが、選手みんなで「自分たちに何ができるか?」「自分たちは何をすべきか?」を議論し考え抜きました。
今、スポーツの域を超えた野球の真価が問われています。
見せましょう、野球の底力を。
見せましょう、野球選手の底力を。
見せましょう。野球ファンの底力を。
共に頑張ろう、東北!
支え合おう、ニッポン!」
さらにKスタ宮城開幕戦後のスピーチ
「本日はこのような状況の中、Kスタ宮城に足を運んでいただき、またテレビ、ラジオを通じてご覧いただき、誠にありがとうございます。この球場に来る事が簡単ではなかった方、ここに来たくても来られなかった方も大勢いらっしゃったかと思います。
地震が起こった時、僕たちは兵庫県にいました。遠方の地から家族ともなかなか連絡が取れず、不安な気持ちを抱きながら全国各地を転戦していました。報道を通じて被害状況が明らかになっていくにつれて、僕たちもどんどん暗くなっていきました。その時の事を考えると、今日ここKスタ宮城で試合を開催できた事が信じられません。
震災後、選手みんなで「自分たちに何ができるか?」「自分たちは何をすべきか?」を議論して、考え抜き、東北の地に戻れる日を待ち続けました。
そして開幕5日前、選手みんなで初めて仙台に戻ってきました。変わり果てたこの東北の地を「目」と「心」にしっかりと刻み、「遅れて申し訳ない」と言う気持ちで避難所を訪問したところ、皆さんから「おかえりなさい」「私たちも負けないから頑張ってね」と声を掛けていただき、涙を流しました。その時に何のために僕たちは闘うのか、ハッキリしました。
そして開幕5日前、選手みんなで初めて仙台に戻ってきました。変わり果てたこの東北の地を「目」と「心」にしっかりと刻み、「遅れて申し訳ない」と言う気持ちで避難所を訪問したところ、皆さんから「おかえりなさい」「私たちも負けないから頑張ってね」と声を掛けていただき、涙を流しました。その時に何のために僕たちは闘うのか、ハッキリしました。
この1カ月半で分かった事があります。それは「誰かのために闘う人間は強い」と言う事です。
東北の皆さん、絶対に乗り越えましょう。今、この時を。
絶対に勝ち抜きましょう、この時を。
今この時を乗り越えた向こう側には、強くなった自分と、明るい未来が待っているはずです。
絶対に見せましょう、東北の底力を。
本日はありがとうございました。」
東北の皆さん、絶対に乗り越えましょう。今、この時を。
絶対に勝ち抜きましょう、この時を。
今この時を乗り越えた向こう側には、強くなった自分と、明るい未来が待っているはずです。
絶対に見せましょう、東北の底力を。
本日はありがとうございました。」
…俺も久々にこの嶋のスピーチを動画サイトで見ましたが、不覚にも涙を流してしまいました。俺が野球好きだからなのか、それとも俺が神戸の震災を経験してるからなのか、理由は分かりませんが心に染み入る最高のスピーチです。成績云々に関わらず、嶋基宏は最高の野球選手の1人です!
たしかにスラィリーは12球団のマスコットの中でも異質な存在です。スラィリー知らない人のために一応写真を掲載しておきましょうか。まぁ多くの人が気付いていないことなんですが、スラィリーの一番の問題点はその外見ではなくその名前の言いづらさなんですよ。「スラィリー」と声に出して読んでみてください、発音の難しさがよーく分かりますから。
あまり多くは取り上げられないことなんやけども、やっぱ災害は子供の心にも大きな爪痕を残していくんよな。その心のケアの方法論は人それぞれなんでしょうが、その1つとしてそこにスポーツがあることは間違いない。スポーツに被災者の心を救う力があることは間違いないんです。それこそが嶋の言った「野球の底力」ですよね…